吉田寮食堂大演劇vol.1「三文オペラ」終演いたしました。

​次の大演劇まで、ごきげんよう!

舞台は19世紀ロンドン。貧民街の顔役、メッキースは街で偶然出会ったポリーを見初め、その日のうちに結婚式を挙げる。

ところが彼女はロンドンの乞食の元締めの一人娘だった……。

(『三文オペラ』裏表紙のあらすじより)

翻訳にあたって、いわゆる「差別用語」の問題にぶつかった。何せ、乞食と泥棒と娼婦の世界のお話だ。いずれも犯罪に抵触する世界なのだろう。しかしそんなことを言っていたら、本書の翻訳はあり得ない。この世界もあり得ない。言葉を隠蔽することは事実の隠蔽と表裏一体ではないか。言葉狩りは現実隠しで、問題は言葉ではなく実態だろう。

(中略)

銀行はグローバルな資本の巡りを見据えた金儲けの総元締めで、援助交際や出会い系サイトは売春業ではないと言えるのか。乞食(物貰い)ができなくなって、些少の金のために手っ取り早く殺人に到ったりしてはいないか……。そもそも言葉隠しの自主規制で片付く問題ではない。根は深い。ジョン・ゲイとブレヒトは、わざとそういうギリギリのところを狙ったのかもしれない。批評・批判とはそういうことなのだろう。子供たちも目隠しされる前に、そういうことを見抜く目を養うべきなのだ。

(中略)

1920年代という時代も、それを舞台に創りだした登場人物たちも、作家・作曲家・女優/妻たちも、あるいは芸術性も娯楽性も。恋愛やセックスも、強請り・たかりや居直り、嘘も誠も、本音と建前も、言葉と音楽も、実に豊穣でしたたかで猥雑で人間的であった。それゆえこそのエネルギーに溢れているのだ。

(『三文オペラ』解説より抜粋)

この公演を行うにあたり、以下の著作物を使用しています。

ブレヒト 谷川道子:訳『三文オペラ』/光文社古典新訳文庫